在宅医療介護の現場で働くひとたちの想いを伝えるインタビューメディア「メディケアワークス」。今回は、中川区にある「みんなのかかりつけ訪問看護ステーション」森田恭平さんにインタビューしました。
水道、電気、ガス。これらは私たちの生活の基盤ですが、訪問看護も同じくらい重要だとおっしゃる森田さん。
訪問看護はただの医療サービスではなく、社会インフラとしての役割を果たしているのです。
スタッフがやりがいを感じ、安心して働ける仕組み。 これがみんなのかかりつけ訪問看護ステーションの看護の真髄であり、地域を支える力の源泉となっています。
本記事では、森田さんが実践する訪問看護の核心に迫ります。ぜひ、ご覧ください。
利用者様の想いを引き出すために、話をとことん聞き、看護師全体でその想いを共有する。
— 自己紹介をお願いします。
森田恭平です。出身は北海道です。北海道の病院で、急性期や慢性期など様々な期を看て、26歳の時に愛知県名古屋市にある弊社(株式会社デザインケア)に入社しました。
— 現在、入社何年目ですか?
8年目になります。高畑店の所長を兼務しながら、ほかに2店舗を名古屋市内でブロックとして担当し、訪問看護部長という役職がついています。
— 事業所の強みについて教えてください。
「とことん利用者様と向き合う」ところだと考えています。利用者様の「こういうことをしたい」という願いを引き出し、それを実際、どうやったら叶えられるのかを、病院の医師、クリニックの主治医、ケアマネさん、ヘルパーさんら様々な方を巻き込んで、実現できるように努めています。
— 訪問エリアやスタッフ数を教えてください。
中川区、中村区、港区が訪問エリアです。看護師は6名で、すべて常勤で構成されています。また、土日は看護師2人体制でやっています。土日は一人出勤のステーションも多いと思いますが、2人で土日働ける点は、大きな強みだと思っています。リハビリスタッフは4名いて、ひとりは育休中です。
— 利用者様のしたいことを引き出すために、何か意識していることはありますか?
「どのような背景があって、利用者様はそのような想いにいたったのか」を知るため、チーム全体で、とにかく「利用者様の話をとことん聞く」ことを心がけています。また、聞いた内容を、社内のコミニュケーションツールで文字化しています。「どのような家庭で暮らされたのか」「どのような青春時代を過ごされたのか」「どのような仕事を頑張られていたのか」など、利用者様にご自身の人生を振り返っていただきながら、「自分は病気をしたけれども、実はこういうことをやりたいんだ」という利用者様の現在の想いを引き出し、そこをどうやったら叶えられるのかというのを、チーム全員で取り組んでいます。
— 文字化された情報は社内ツールに共有され、全看護師が見ることができるのですか?
はい。全看護師が、見ることができます。しかも、それを見た看護師が、その情報を持ったうえで次に関わるので、ケアが段々につながって、利用者様が望んだ方向に向かうことができます。このチームのきずな、連携の強さが、高畑店の魅力かなと思います。
— 働いている方々はどのようなキャリアを持っている方が多いですか?
前職が病院だった人がほとんどです。ほかには、もともと東京の訪問看護ステーションで働いていたスタッフもいます。病院で3年ぐらい働いて、うちの会社で即戦力として働いてくれているスタッフもいますし、病院の歴も10年ぐらい経ってから転職して、働いているスタッフもいます。本当にキャリアは様々ですね。僕自身は4年ぐらい病院で働いて、5年目でかかりつけに入って、7年目ぐらいに所長になりました。看護に対して熱い想いがある方とか、もっといい看護・ケアをしたい、利用者様の想いを叶えたいという方であれば、うちの会社は合っているかなと思います。
— 会社全体の従業員数は何人くらいですか?
200名ぐらいですね。大規模なステーションになってきています。
「社内マネジメント大学(DCMU)」「時短常勤制度」「善い仕事フォーラム」など、社員のキャリアアップや働きやすさをサポートする様々な体制。
— ライフステージに応じた働きやすさについて、何か配慮している制度はありますか?
「将来、自分の地元で出店したい」など、マネジメントに興味がある社員は、「社内マネジメント大学(DCMU)」で、社内研修を受けることができます。所長などキャリアを目指したい社員も、そこで学ぶことができ、所長になれるコースもあります。ライフステージでいえば、所長になった末に、産休や育休に入っているマネージャーもいるので、産休や育休を取得しながら、キャリアを積んでいける環境と言えます。ほかには「時短常勤制度」という制度があります。常勤でいたいけど育児や家事と両立したいというスタッフは、その制度を使って働いています。
あと、うちの会社でとてもいいなと思っているのが、半期に2度やっている「善い仕事フォーラム」です。今、全国に26店舗あるのですが、その中から代表となったスタッフによって、6症例が発表されます。利用者様が理想としている部分と、現状では難しい壁と感じたところを、僕たちの看護ケアだったり、セラピストによるケアでどう乗り越えたのかというのを、代表になったスタッフが、カメラやムービーで言葉にしたり、冊子の形で文字化したりしています。
—「善い仕事フォーラム」の良さは、どのようなところにありますか?
このフォーラムを通して、自身の出合っていない症例に接することができるので、その後、似たような症例があった際、「前、こういう症例があったから、こう乗り越えたらきっと利用者さんは幸せになるよね」と、うまく対応できるようになります。小さい訪問看護ステーションだと、「自分たちのケアは本当にいいものなのか」を測るのが、なかなか難しいかもしれません。ですが、これだけの大規模ステーションになると、様々な症例がありますので、それを学び合えるこうしたフォーラムは、とても有意義なものだと思っています。
訪問看護ステーションでは、自分一人で利用者様のお宅に行くことが多いので、ほかの人がどのようなケアをしているのかを学ぶのは、難しい面があります。それをきちんとナレッジ化して、横展開することで、ひとりひとりの血肉にするという取り組みは、うちの会社の自慢できるところだと思います。
— 自分が看ている症例に活用できそうな事例があった時、発表者の方に直接連絡を取って相談することも可能ですか?
はい。社内のコミュニケーションツールで全てつながっていますので、個人でメッセージを送りあうことも可能です。
— 待機体制について教えてください。
愛知県看護協会から出ている数字では、小さな訪問看護ステーションだと、1カ月あたりの待機回数は8回から10回程度となっています。一方、我々は名古屋市内に14店舗ほどございますので、隣り合わせた近いステーションの中で、お互いに助け合い、月の待機回数は3回程度になっています。
「毎晩毎晩、ケアを届けなきゃ」と無理をしてしまうような、長く働くのが難しい労働環境のステーションも多いと聞きます。ほかの訪問看護ステーションから転職してきたスタッフの話ですが、前のステーションだとやる人が5人ぐらいしかいなかったため、重症者の方がいると、6日間連続で呼ばれたり、1日に3回も呼ばれたりといったケースも多く、身体がもたなかったそうです。そういった夜間対応についても、うちには大規模ステーションだからできるメリットがあると思います。
待機についても、出動担当とコールセンター担当の看護師2名体制で、必ず行っています。僕が入社した時は1名体制で、夜間、緊急の電話が鳴ったら運転をやめて、また別の電話も取ってというのがあったんですが、今は必ずコールセンターが電話を取っているので、出動するスタッフも安心感を持てています。これも大規模ステーションの強みなのかなと思います。
利用者様の「家に帰りたい」の言葉に、「帰りましょう。僕らがいるから大丈夫です」と応じられるステーションを目指す。
— 入職したきっかけについて教えてください。
地元の北海道では、田舎のほうだと訪問看護ステーションのない地域がたくさんあります。また、北海道では在宅看取りのパーセンテージが低くて、僕自身も25年間生まれ育ちながら、在宅で人が亡くなるということをよく知らず、最期は病院か施設かの2つの選択肢しか知りませんでした。24時間365日やっている訪問看護ステーションがあれば、在宅看取りもきっと増えていくんだろうなと思っていた時に、弊社の代表と北海道で会う機会があり、一度名古屋市で学ぼうと考え、入社しました。
— 北海道を出て、なぜ愛知県名古屋市での訪問看護に興味を持ったのですか?
365日24時間の訪問看護ステーションを学んでから、将来的には北海道に還元したいなという想いが強くあったためです。訪問看護ステーションは北海道にもありますが、ICTを駆使し、20代30代で構成される勢いのあるステーションの中で、自分も社会貢献ができたらなと思って入社しました。
— 今までで一番印象に残っている利用者様について教えてください。
たくさんあって、ひとつにしぼるのは難しいのですが、利用者の皆さんが必ずおっしゃるのが、「お家に帰れて良かった」という言葉です。ご家族も「帰らせて良かった」とおっしゃる方が多く、やりがいを感じます。病院に勤務していた時は、「お家に帰りたい」と言っても、医療者側が「帰れない」と決めつけ、ご家族も「その状況では帰れない」と考え、自分たちもご家族もあきらめてしまうケースがたくさんありました。そういった姿を見て、患者様本人もあきらめてしまうことがあったと思います。
名古屋に来て学んだこととしては、やはり利用者様が「帰りたい」と思ったら、「どうやったら帰れるのか」をまず考える必要があるということです。そして、帰ると決めた時には、「では帰りましょう。僕らがいるから大丈夫です」と、きちんと言えるようなステーションでありたいなと思っています。
— 利用者様が家に帰ることを、ご家族があきらめている時、どのような関わり方をしていますか?
本人が「こうしたい」という想いを叶えるのが、僕らの使命だと考えています。ですので、ご家族も巻き込みながら、「どうやったら帰れるのか」をとことん一緒に考えたり、「ご家族側が思っている壁は何なのか」を探ったりしています。本人が帰りたいと言っているのに、帰れなかった場合、それが心残りとなるご家族も中にはいらっしゃるので、「どうやったら帰れるか」は常に考えるところですね。
「訪問看護」は水道・電気・ガスのように、当たり前に社会になければいけないもの。
— 看護を提供する上で大切にしていることはなんですか?
笑顔で訪問させていただくことです。利用者様が「今日一日、良かったな」と思ってもらえるような関わりができたらなと思っています。
— 「今日一日、良かったな」と思ってもらえたと、実感したエピソードはありますか?
「本当はしたいけど、できない」と、ご本人があきらめていたことが、できるようになった瞬間を見ると、それが達成できたかなと感じます。たとえば、寝たきり状況になっている利用者様が、少しでも体を起こして、ベッドのそばで支えながらでも座るとか、ずっとベッドにいたけど車椅子に乗れて、リビングで家族と一緒にテレビを見ることができたとか。そのようなちょっとしたことですが、病院ではなかなかできなかったことをできるようになると、ご本人もご家族もすごく喜んでくださるんですよね。そうした小さな幸せを見る瞬間は、とくにいいなって思います。
— 小さな幸せの瞬間に立ち会えることは、病院ではあまりないですか?
病院では「これはダメだ」という縛りが結構多くて、「これはもうこういうルールですからダメですよ」と、言っていることが多かったかなと思います。「何時になったら消灯で、テレビを消して暗くしてください」とか、「今はもうベッド上安静の指示が出ているから起き上がっちゃダメです」とか。ほかにも、本人は「トイレ行きたいんだ」って言っているけど、センサーマットを敷いて、鳴ったら「おむつしているからその場でしなきゃいけないですよ」だとか。そのように制限がとても多かったのですが、病院時代は利用者様の命を守ることに全力だったので、そういうものなのかなと思っていました。今は、お家に帰ってから、本人が生きたいように生きてもらえるように、僕たちがどう関わるのかがすごく重要なのかなと思います。
— 自分にとって訪問看護とは?
水道・電気・ガスみたいに、「当たり前に社会になければいけないもの」なのかなと、思っています。誰しも生まれてから亡くなるまで、一度は病気をして、看護師や医師と関わることがあると思いますが、その中で訪問看護も当たり前になってほしいですね。病気をして困ったら、「じゃあ、地域に訪問看護ステーションがあるから、ここに頼めばひとまず大丈夫だね」みたいなものになってくれたら、すごくいいなと思っています。