在宅医療介護の現場で働くひとたちの想いを伝えるインタビューメディア「メディケアワークス」。今回は、中川区にある「ライフアップ訪問看護ステーション山王」管理者の吉野操さんにインタビューしました。
『私、「訪問看護ってすごく無力だな」と思っているんです。』とおっしゃる吉野さん。その言葉の背景には、看護観を揺さぶられるような経験がありました。吉野さんは看取りケアを非常に大切にされていて、実績も豊富な方ですが、その時の経験から学び、訪問看護の意味や意義を必死で考え続け、ずっと実践してきたからこそ、今の吉野さんがあるのだと感じました。
吉野さんが言う「訪問看護は無力」という言葉の真意とは?ぜひご覧ください。
充実のリハスタッフと、丁寧な看取りケア。熱意あるスタッフが集まった訪問看護ステーション。
ー自己紹介をお願いします。
ライフアップ訪問看護ステーション山王の管理者・吉野操と申します。
—事業所の紹介をお願いします。
7年前(2015年)に中村区で訪問看護ステーションを立ち上げました。その後、2年ほど前(2020年)に中川区・山王へ移転しました。現在は、看護師が5名、PTが4名、OTが2名の体制です。エリアとしては、中村区、中川区、中区、港区を中心に、ほぼ名古屋市全域を回っているような状況です。
強みとしては、まずはリハビリスタッフが充実しているところです。リハビリ単独のご依頼も多いですね。
また、私自身が「看取り」のケアをすごく大切にしています。看取りというのは非常に濃厚で、いろいろなことを学ばせていただくケアの一つ。なので、大切に、丁寧にやらせていただいています。そういった私の想いをスタッフたちも汲み取って、ケアに取り組んでくれています。
当ステーションは、20代後半から30代前半の若いスタッフが多いのですが、「学びたい」という強い熱意を持ったスタッフばかり。一つ一つのお看取りの中から学びを得て、それをステーション内で共有していくようにしています。そのような取り組みと、スタッフみんなで共に学んでいく姿勢が、次の看取りの利用者さんに繋がっていると思っています。
― 入職したきっかけを教えてください。
当社(株式会社メディカルライフアップ)の社長と私の友人が義理の兄弟でして。その友人から紹介を受けて、入職しました。実は、そもそも訪問看護がやりたいという気持ちで入職したわけではなかったんです。それが、入職後にいろいろな経験をさせていただき、訪問看護の素晴らしさを学びました。
― もともとあまり興味がなかった訪問看護をやってみようと思ったのはなぜですか?
訪問看護は、昔、一度経験したことがあったんです。訪問看護に興味がないというよりも「訪看って大変だな」という印象の方が強かったんですね。病院での仕事と訪問看護の仕事、その両方を経験していたので、違いや良さは十分理解できていました。なので、もう一度、訪問看護で利用者さんと一対一で向かい合う仕事に挑戦してみようかなって思ったのがきっかけですね。
「あなたに会えてよかったわ」まさか最期になると思っていなかった利用者さんの言葉。訪問看護の意義を学んだ。
— 今までで一番印象に残っている利用者さんのことを教えてください。
これが一番難しい質問だと思っていて、1人に絞るのは本当に難しいなっていうのがありますね。その中でも、この質問をされたときに、ぱっと思い浮かんだ方について話したいと思います。その方は88歳の女性で、健康体ですが足が少し不自由な方でした。リハビリ目的で訪問看護の依頼があり、介入することになりました。
週2、3回程度、一緒に運動やリハビリをしていくようなケアを行っていました。お庭もすごく広くて、きれいな梅が咲くようなところで。梅が咲いた日には一緒に写真を撮ったりしましたね。その方には3~4年関わったのですが、ちょうどその間に自分の母を亡くしまして。亡くした母をその方へ投影しながらケアをしていました。一緒にいろいろな思い出を紡いでいきましたね。
ある日、その利用者さんが突然発熱し、朦朧状態になってしまい、救急搬送することになりました。ただ、入院して治療を終えれば、ご自宅に戻ってくるだろうというレベルではあったんですね。
朦朧とする意識の中で「あなたに会えてよかったわ」と私に言われたんです。再び自宅に戻れるのに、なんでそんなことを仰ったのだろうと思いながら、「また会えるよ」という言葉を返して、救急搬送しました。その後、復調されて、ご自宅に戻るから訪問看護を再開ということになったのですが、そこからまたすぐに入院してしまい、そのままお亡くなりになりました。
後々、振り返ってみると「あれが最期の言葉だったんだな」と。訪問看護って、お一人の方の、元気なときから、悪くなって、最期までというところを通して看させていただく仕事なのだ、ということをすごく実感しました。
その利用者さんは、私が訪問するたびにお化粧して待っていてくださるような方で。何の変哲もない毎日が、自分が行くことによってメリハリがついて、楽しみになる。利用者さん自身に何も役割がない日々の中で、私の訪問が楽しみを与えてくれた、というような言葉もかけていただきました。訪問看護の存在の大切さや、意味や意義を学ばせてもらった思っています。すごく印象に残っている利用者さんですね。
ベッドに寄り添い、さじで水をあげる奥様をただ見ることしかできなかった。揺さぶられるような経験から学んだ看護観とは。
— 看護を提供する上で大切にしていることはなんですか?
看護をする上で一番大切にしていることは「その人らしさ」ですね。人生観であったり、身内の方に対する想いであったり、どう生きていきたいか、どう死にたいかなど、その想いを大切にしたいなと。そして、その想いをなるべく叶えていってあげたいなと思っています。
ただ、私は「訪問看護ってすごく無力だな」と思っているんです。というのは、毎日訪問に入ったとしても24時間のうちで関われるのはたった1時間程度。もっと少ない場合は週1回程度。訪問看護師として、利用者さんの人生に関われるのはごく一部なんですよね。そう考えると、「主人公は利用者さんやご家族」なんです。ご本人やご家族に全てが託されてくるので、自分たちが「何かしてあげよう」とか、「何か変化を起こそう」という思いはあまり抱いていません。
「自分は無力だ」っていうところを常に心に抱きながら、その中でも、利用者さんやご家族のために何ができるかを考え、実践することを大事にしています。
— その想いに至ったきっかけや経緯はありますか?
まだ入職したてのときに経験した、とある末期ガンの方のお看取りの話です。その方は食べられなくなって、脱水もひどくなっていました。点滴指示が出たので、脱水さえ改善してあげれば、という思いで訪問しました。点滴しようとしたところ、本人がすごく嫌がるので、奥さんがもういいですと言われて、断念したんです。
翌日、次は何をしようかと考えながら訪問しました。そうしたら、奥様がベッドに寄り添いながら、さじで少しずつ水分をあげていたんです。そのお二人の姿を見て、私はその中に入れないなって。それぐらいの雰囲気があったんですね。お二人の世界観や、お二人の想いに、踏み込むというのは看護師としておこがましいなと、すごく感じました。
訪問看護って無力なのかもしれない。だけど、その無力である立場から、どう向かい合っていくか、寄り添っていくか、ということが大切なのだと。その経験から学びました。看護師って使命感が強いので、どうしても「何かしてあげなきゃ」や「何ができますか?」となりがちです。そういうスタッフには「何もできないよ」っていうところから、「じゃあこうしていこうか」という話を常にしていますね。
今の自分があるのは、過去の利用者さんたちのおかげ。訪問看護は、人生を学び、自己を成長させる場。
— 吉野さんにとって訪問看護とは?
訪問看護とは「人生を学ぶ場」であり、「人生の成長の場」ですね。
これまでいろいろな利用者さんの人生に関わらせていただきました。すごく理想的な方もいれば、中にはどうしてこんな生き方しちゃったのかなと思う方もいました。
いろいろな方の人生に関わる中で、自分も一人の人間として、母として、妻として、学ぶ場がすごくたくさんあったなと。私は、この仕事を10年やらせていただいているのですが、利用者さんから本当にいろいろなことを学ばせていただき、教えていただき、自分を成長させてもらいました。
今、私がとある利用者さんにありがとうって感謝されたのは、過去のあの利用者さんのおかげだ、あの場面で学べたからできるのだ、と常日頃感じます。スタッフたちにもなるべくそうやって感じて欲しいなと思っていて、自分の想いは伝えるようにしていますね。
— そういった想いを伝えることでスタッフのみなさんの看護観も日々変化していると感じますか?
そうですね。1年目のスタッフと2~3年目のスタッフを比較してみると、積み重ねがあるスタッフは、ただのケアの悩みだけじゃなくて、「その方はどう思っているのだろう」や「その方はどうしたいのだろう」という問いかけに対して、すぐ答えることができます。また、一緒に考える姿勢もありますね。経験を積み重ね、想いが増してきている分、すごく違うなと感じます。
— 事業所全体の雰囲気として、利用者さんのその人らしさを大切にする姿勢や考えがあるのですね。
うちの事業所には多様性を認め、他者の意見を尊重するスタッフが集まっています。すごくあたたかくて、アットホーム。いいステーションだと思います。
また、ターミナルケアについては、本当に真心込めてやっています。その方の人生の最期をよりよく迎えていただけるように、と必死に考えて、懸命に動くスタッフばかりです。素晴らしいステーションだと思っています。